ショート・ミステリーズ!短編集その3
花木屋の裏には小さな森があり、そこを抜けると、小さな川が流れております。

それはとてもさみしげな風景で、ドブ川は、華やかな遊興町から吐き出される塵芥を含み、ゆっくりと流れているのです。

ですが、色町の明かりから少し離れ、ほどよく宵闇に包まれた川沿いの散歩道は、私と智春様の、許されぬ逢瀬には、ふさわしかったと思えるのです。

なぜ許されなかったのかというと、智晴様は、洛内に広大な邸宅を持つ、銀行家の御子息だったからです。

私は、田舎に病床の父がおりまして、薬代を稼ぐために、色町に出てきたのでございます。

そんな身の上の私と、格式高い銀行家の御子息とでは、とても釣り合いがとれません。

私がそのことを申し上げますと、智春様はお笑いになり、

「須美さんは、何も気にしなくてよいのです。私は、自分の意志で、あなたに会いにきているのです」

と、おっしゃるのでした。
< 61 / 74 >

この作品をシェア

pagetop