{霧の中の恋人}
【第1章】すべての始まり
母はいつも笑っていた。
母の顔を思い出そうとすると、決まって笑顔が浮かんでくる。
優しそうに細められた目
頬にできるえくぼ
口元から覗かせる八重歯
まるで顔全体で笑っているような母の笑顔が好きだった。
道端に咲いた花を見つけただけで、
「一生懸命咲いたんだねぇ。可愛いね」って、
どんな些細なことにも反応して、幸せそうに笑うのだ。
春の空気のような、ポワンとした雰囲気を持った母が笑うと、どんな人も笑顔に変えてしまうような力があった。
優しくて、強い母。
そんな母を尊敬していたし、私も母のような女性になりたいと願っていた。
だけど
大好きだった母は
ある日突然
いなくなってしまった──…。