{霧の中の恋人}
野菜を大きく切って、大きな鍋にそれを入れる。
火が通ったところで、クリームシチューの素を入れて、とろ火でコトコト煮込んで牛乳と生クリームをたっぷり入れて。
最後に少しだけ味噌を入れるのが隠し味。
部屋いっぱいにクリームシチューのいい匂いが充満した頃、久木さんが帰ってきた。
「久木さん、おかえりなさい」
「…ああ…」
久木さんは私の顔も見ずにそっけなく応えて、冷蔵庫から缶コーヒーを取り出して一気飲み。
そのあと大きな溜息を洩らした。
なんだか顔が疲れているみたい。
仕事だったのかな?
それにしても久木さんは一体どんな仕事をしているのだろう。
少なくとも、普通のサラリーマンではないと思う。
だってスーツを着ているところを一度も見ていないし、出かける時間が不規則だから。
今も、ハイネックの黒いセーターに、ブラックジーンズというラフな井出達だ。
お洒落とは程遠いシンプルな服装だけど、すらりとしたスタイルのいい彼が着ると、スマートで洗練された印象を与える。
全体的に黒で統一されたコーディネートは、とても彼に似合っていると思う。
そのせいか、初めて出会ったときから変わらず、久木さんのイメージカラーは『黒』だ。