{霧の中の恋人}
「行くなって、薬も残り少ないし、スーパーで色々買ってこなきゃ…」
「必要ない」
「何言ってるんですか!?
こんなに熱も高いのに薬がないと…」
「行かないでくれ…」
こんな久木さんの顔を見るのは初めてだ。
潤んだ瞳で見上げる久木さんの顔は、弱々しく、頼りないものだった。
まるで、迷子になった小さい子供のようだった。
「ここにいてくれ…頼む」
擦れた声で懇願する久木さんの言葉を振り切ることは出来なかった。
ここで私が出掛けたら、どこかに消えてしまいそうな危うさすら感じられた。
私はもう一度ベッドの横に座り、久木さんの腕を握る。
「分かりました。
どこにも行きません。
この家にいます」
久木さんは私の言葉に安心したのか、掴んでいた手を離した。
「じゃあタオルとか持ってきますから」
立ちあがって、部屋から出て行こうとすると背後から視線を感じた。
私が家から出ないか様子を窺っているのだろう。
「大丈夫です。
またすぐに戻ってきますから」
振り向いて笑ってみせると、久木さんは「…ああ」と呟いた。