{霧の中の恋人}

「……コレはなんだ?
この形に意味はあるのか?」


久木さんがキョトンと見つめているのは、ウサギの形をした林檎だ。


私が風邪を引いたとき、お母さんがいつも剥いて出してくれた。


ガラスの器に入った、たくさんの可愛らしいウサギ達。

それを見ていると、ウサギ達が元気づけてくれているようで大好きだった。


だから久木さんにもデザートとして剥いたんだけど、出してみたらこの顔。


摩訶不思議そうな表情でリンゴを見つめている。



「ウサギの形に切ってみたんです。
ちゃんと洗いましたから皮も食べられますよ」


「…うさぎの形の林檎…?」


まるで世界の七不思議に遭遇でもしたかのような表情だ。


「私、風邪をひいたとき、いつもコレを食べてたんです。
お母さんが剥いてくれて。
リンゴは栄養がありますから、きっと風邪も早くよくなるはずですよ」


「………」


久木さんはその林檎をフォークで刺して、くるくる回しながら様子を眺めてから、口に入れた。


照れているのか、少しだけ不貞腐れた彼の表情が、小さい男の子を見ているようでちょっと可笑しかった。


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