{霧の中の恋人}
食べ終わった食器を、キッチンで洗いながら考える。
リンゴが入っていた空のお皿を受け取るとき、少しだけ触れた久木さんの手が尋常でないほど熱かった。
熱が相当高いのだと、改めて実感した。
とにかく少しでも熱を下げる為に出来ることをしないといけない。
氷水とタオルを入れた洗面器を持って部屋に戻ると、久木さんは目を瞑っていた。
氷水を含ませた、冷たいタオルをおでこに乗せてみても反応がない。
息が荒く、布団が忙しなく上下している。
眠っているというより、意識が薄くなってる…?
この考えが頭に浮かんだ途端、言いようのない不安が押し寄せた。
誰にも助けを求められない。
そんな中で、私に何ができるのだろう…。
このまま久木さんがよくならなかったら?
急に症状が悪化したら、どうしよう。
照明が落とされた薄暗い部屋の中で、そこにある唯一の人の存在が消えてしまうのではないかと、心もとない気持ちでいっぱいになる。
暗闇の中、1人取り残されてしまうのではないか。
1人ぼっちになってしまうのではないか。
不安な気持ちでいっぱいになる。
人の存在を確かめたくて、私は思わず久木さんの熱い手を握る。
ギュッと力をこめると、久木さんの手がピクリと反応した。
うっすらと目を開けた久木さんが一言、擦れた声で「…すまない…」と口にした。