{霧の中の恋人}

「お母さん。今日の晩御飯は、大ちゃんのお母さんが作ったビーフシチューだよ」


仏壇にビーフシチューをお供えして、手を合わせる。

お母さんも、このビーフシチュー好きだったから、きっと喜んでいるであろう。


「さて、私も晩御飯にしますか」


立ち上がり、晩御飯の準備をしようと思ったところに、玄関のチャイムが鳴る。


今日も大ちゃん来てくれたんだ!

昼間、大学でからかわれたから仕返ししちゃおう!


イタズラを思いつき、気づかれないように、忍び足で玄関まで近づく。

またチャイムが鳴った。

やった!気づかれてない。

思わず笑みがこぼれる。


そーっとドアノブに手をかけ、ドアを勢いよく開けようと思ったら、いきなりドアが開いた。


ドアに体重をかけていた為、勢い余ってバランスを崩す。

転ぶ!!

自分の体が傾いていく。

地面に叩きつけられる衝撃を覚悟して目をつぶる。


しかし、転ぶことはなかった。


人の感触?

腰のあたりに腕が回され、顔には胸板の感触。

まるで、抱きとめられているような…。


ぎゃー!大ちゃんに抱きついちゃったんだ!

「ごめん、大ちゃん!」


私は慌てて大ちゃんから離れた。


…大ちゃん……?

…じゃない。


離れて見上げると、そこには大ちゃんの顔はなく、まったく見知らぬ人の顔。


見覚えのない若い男性が立っていた。



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