{霧の中の恋人}
「ああ」
何とも素っ気ない返事が返ってきた。
今まではそんな態度に腹を立ててきたけど、久木さんらしくてホッとする。
憎まれ口をきけない程、元気がないなんて久木さんらしくないし、もうそんな姿を見たくない。
あの夜…
久木さんの手を握り締めたあの夜の、彼の瞳が忘れられない。
目から零れ落ちた涙───
何かに恐れているような、必死に何かを守ろうとしているような表情───
固く閉ざされた彼の心の奥を覗いた気がする。
一体、久木さんは何を想っているのだろう──。
お母さんと何があったの──…?
「…すまなかった…」
ふいに、隣から声が聞こえた。