{霧の中の恋人}


遠まわしな言い方だったけど、彼の言葉は、私の心に深く響いた。


心の奥がジンと熱くなって、嬉しさがこみ上げてくる。



「いいえ!困った時はお互い様ですから!」



お互い様…。

人が人を助け、助けられる。


なんて素敵な言葉なんだろう。



嬉しくなって久木さんの顔を見ると、彼と目が合った。


久木さんはすぐにプイッと視線を外して、「ほんとに君は変わった奴だ…」と呟いた。



「もしかして、久木さん…照れてます?」


私が聞くと、久木さんはもう一度私の顔を見たあと、勢いよくそっぽを向いた。


「照れてなどいない!」


「耳が真っ赤になってますよ」


「君は本当にうるさい奴だ!
すこし静かにできないのか!」


「ムキになる久木さんも珍しいですね」


「………っ!!」



買い物袋をぶら下げて、そんな他愛もない言い合いをしながら、家までの道のりを並んで歩いた。



久木さん、家に帰りましょう。

帰ったら、シチューを作って2人で食べましょう。


野菜がたくさん入った温かいシチューを。


お母さんの味のシチューを食べれば、元気になるはずですから……。




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────────……







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