{霧の中の恋人}
私は暫く、顔を上げられずにいた。
顔を上げたら、また携帯電話が目に入ってしまう。
そうしたら、きっとまた泣きそうになってしまうから…。
突然、頭上から音が降ってきた。
何の音?
ヴァイオリン…?
すぐ真上で、ヴァイオリンを弾く音がする。
CDとか、機械を通しての音じゃない。
生の楽器が奏でる音…。
驚いて顔を上げると、私の目の前でヴァイオリンを構えた久木さんが立っていた。
「…久木さん…?」
久木さんは何も言わず、私の顔をチラッと見ると、弦に弓を乗せた。
そして、ゆっくりと音楽を奏で始める。