{霧の中の恋人}
なんて綺麗な音…。
久木さんが弓を引く度に、部屋の中が綺麗な音で満たされていく。
透き通るような高音
穏やかな低音
メロディーが耳を通り、胸に沁み渡っていく。
それが胸いっぱいに広がると、何故か涙が目から零れ落ちた。
泣こうと意識していないのに、不思議と次から次へと涙が流れ落ちる。
今まで我慢していたものが、すべて解放されていく感じがした。
これは何ていう曲なんだろう…。
初めて聞く曲だ。
毛布にすっぽり包まれているような、何かに守られている安心感を感じる。
そして、これ程までの喜びがあっただろうかというぐらい、嬉しくて心が弾む。
どこまでも優しくて、喜びに満ち溢れたメロディー…。
曲が終わる頃には、流れ続けていた涙がピタリと止まっていた。
身体中の毒が抜けて、すっきりと生まれ変わった気分だ。
最後の一音を弾き終わった久木さんは、軽く息を吐き出し、弓を下におろした。
「すごい!久木さんってヴァイオリンが弾けたんですね!」
私は思い切り手を叩いて拍手を送った。