{霧の中の恋人}
久木さんは何も答えず、片膝をついてその場にしゃがんだ。
「…涙が止まったみたいだな。
あの人が言っていた通りだ…」
ソファーに座った私と同じ目線にいる久木さんが、嬉しそうに微笑んだ。
すぐ目の前にある久木さんの瞳は、愛おしいものを見るかのような優しい瞳をしている。
そして、すこし目が潤んでいるみたいだった。
「…あ、あの…
あの人って誰ですか?」
初めて見る久木さんの表情に動揺した私は、声が上擦ってしまった。
しかし、私の質問に答えは返ってこなかった。
久木さんは無言のままスッと手を伸ばし、私の頬にそっと触れた。