{霧の中の恋人}
水原部長はイスから立ち上がり、窓辺に立ちすくむ。
「僕はね、昔から物事を先読みするクセがついているんだ。
人より先回りして、策略的に事をうまく運んで、人を陥れるのも厭わない…
そういう生き方をしてきた」
水原部長は窓の外の一点を見つめたまま言葉を繋げた。
「幼い頃からそう教えられてきた。
僕が生きていく世界では、そうでないと生き残れないってね…」
「…水原部長……」
御曹司って聞いたときは、その言葉がとても素晴らしい響きに聞こえたけど、水原部長は小さいときからずっと、私には分かり得ない苦労をしてきたんだろう…。
「すぐ顔に出て、素直でまっすぐな君に惹かれた訳だけど…
そんな僕じゃ、君には似合わない。
大地のような人が君には似合っているよ。
どうか、その素直さを失わないまま、幸せになってね」
水原部長はそう言ったきり、喋らなくなった。
遠い空を、無表情のまま一点に見上げる、諦めにも似た水原部長の横顔はどこか寂しげで、胸が苦しくなった。
太陽の光に照らされたホコリが、水原部長の横顔に舞い、降り注いでいた。
キラキラ
キラキラ
光の雪のように───…