{霧の中の恋人}
やっぱりいつもと違う…?
久木さんのヴァイオリンを聞いてそう思った。
何回かねだってヴァイオリンを聞かせてもらっていたけど、いつもの音と違う気がする。
音が乱れていて、落ち着かない感じをうけた。
投げやりのような演奏で、イライラとした気持ちをヴァイオリンにぶつけているような気がする。
あの”名前が分からない曲”も、前ほどに心を揺さぶられない。
それ以外にも、おまかせで何曲か弾いてもらっていたけど、その選曲もいつもと違う。
前は、澄んだ曲調のゆったりとした曲が多かったけど、いまは超絶技巧のテンポの早い激しい曲を選んで弾いている。
この曲はたしか……
ヴィヴァルディの”四季{冬}”だ…。
冷たい雪風が押し迫ってくるようなメロディー。
部屋の中が冷気で包まれていく───…
それは、彼の心の中の乱れを表しているようだった。