{霧の中の恋人}
久木さんは夕食も途中のまま、席を立って自分の部屋に帰ってしまった。
あんなに感情をむき出しにした久木さんは初めてみた。
きっとご両親のことは触れられたくなかった事なんだ。
それなのに、私は土足で上がりこんでしまった…。
何も知らないのに、勝手に口を挟んで…
ヒドイことしちゃったな…。
きっと幼いころ、彼はものすごくショックを受けたに違いない。
じゃなければ、あんなに取り乱したりしないだろうから──…。
自分の子供を捨てるって、どうしてそんな事をするのだろう。
彼はその時、どんな気持ちだったのだろう。
一体、久木さんに何があったの?
──…私がここで、ごちゃごちゃ考えても分かるはずない。
片親とはいえ、お母さんに愛されてぬくぬくと育った私には、分かり得ないことなのかもしれない。
彼の気持ちを理解するなんて事、出来ないのかもしれない。
何故か、それがショックで堪らなくて、テーブルの下に落ちた久木さんの箸を拾い上げ、それを握りしめた───…。
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──────…