{霧の中の恋人}
立ち上がろうとした私を、久木さんがそれを制した。
「…出なくていい。大人しくしていろ」
久木さんがあまりに真剣な表情で言うので、インターホーンの受話器をとる久木さんの手を止めるのが遅れた。
「誰だ」
…ちょ、ちょっと何その失礼な出かた!
って、そうじゃなく!
「ちょっと!勝手に出ないで下さい!」
知らない家のインターホーンに出るなんて非常識にも程がある!
久木さんの元に駆け寄って、モニタに映し出された顔を見て、心臓が飛びはねた。
大ちゃん!!
こんな夜に、男の人が出るなんて絶対誤解されちゃう!!
「俺が何者であるかなんて君に関係あるのか?
こんな夜遅くに女性の家に訪ねてくるなんて失礼だろう」
だからお前が言うな!!
しかも、ますます誤解されそうな台詞を!
モニタに映し出された大ちゃんが何かを叫んでいる。
ギャー!絶対、誤解しているよ!!
「悪いが切らせてもらう。用があるなら昼間訪ねてくるといい」
久木さんはそう言って、受話器を置いた。
まだ何か叫んでいた大ちゃんの顔が、モニタからプツリと消えた。