{霧の中の恋人}
冷たい液体が喉を通るたびに、どれだけ喉が渇いていたのかが分かる。
3分の一まで一気に飲み干し、缶をテーブルの上に置いた。
「でも本当に大丈夫なんですか?
さっきまであんなに頭痛がヒドかったのにお酒なんて飲んで」
「ああ、問題ない」
「でも、あの苦しみようは半端じゃなかったし…
もしかして持病とか持っているんですか?」
久木さんは窓辺から移動し、ベッドに腰掛けた。
「…いや、あれは一過性のものみたいだ…」
「”一過性のものみたいだ”って、そんなこと分からないじゃない」
「………」
久木さんから返事は返ってこなかった。
部屋の中に沈黙が訪れる。
静まり返った室内。
ホテルの目の前の海から、寄せては返す波の音が、微かに聞こえる。
「……あの時…
声が聞こえた…」
少しの沈黙のあと、久木さんがポツリと呟いた。