{霧の中の恋人}
「…声?」
「ああ…
君の声と、記憶になかったはずの声が重なって聞こえた…」
ホテルの外の道路に車が通り過ぎたとき、ヘッドライトの灯りが室内に入り、遠い目をした久木さんの横顔が、一瞬照らされた。
「…君が言っていただろう?
”どうか強く生きていって欲しい。
私達は、愛するあなたの事を忘れたりはしないから──”と…」
「ええ…」
「その台詞…
以前に同じことを言われたことがあったらしい。
あの言葉を聞いた瞬間、激しい頭痛とともに、強制的に忘れさせられていた記憶が戻ったんだ…」
「…強制的に忘れさせられていたって…?」
久木さんは手に持ったビンを、意味もなくクルクル回し弄びながら、視線を床に落とした。
「記憶の隠ぺいだよ」