{霧の中の恋人}
「今さらそんな事が分かっても迷惑なだけだ…」
「そんな迷惑だなんて!!」
「今まで俺は、憎しみだけを糧にして生きてきたんだ。
俺がこんな思いをしなければならないのは、俺を捨てた親のせいだと…。
辛いことをすべて親のせいにすれば、少しは慰めにもなった。
それが無くなった今、俺はこれからどうやって生きていけばいいんだろうな…」
久木さんは自虐的な笑みを浮かべ、虚ろな瞳を宙にむけた。
「やっぱり少し酔っているのかもしれないな…
こんなことを人に話すなんてどうかしてる……」
髪を掻き上げ、額に手を当てた久木さん。
項垂れた彼の姿は、迷子になった子供のようだった。
心細くて、たまらないといった風に。
「久木さん!今日はとことん飲みましょう!!」
私はイスから勢いよく立ち上がり、冷蔵庫の中からもう一本お酒を取り出して久木さんの前に差し出した。
「生き方が分からなくなったんなら、また見つければいいんですよ!
パーっと飲んで、楽しくなったら、また考えればいいじゃないですか!」
こんな言葉、彼の慰めにもならないだろう。
でも私は、何とかして久木さんを元気づけたかった。
どんな言葉をかければいいのか、考えてもきっと正解なんて見つからない。
例え、彼と同じ体験をしたとしても、それは分からないだろう。
だって、私は久木さんじゃないから。
それならば、今私にできる精一杯のことをしよう。
一緒にお酒を飲んで、同じ時間を共有することぐらいしか思いつかなかったけれど…。