{霧の中の恋人}
朝
料金を支払い、ホテルの部屋をあとにした。
久木さんの震えた肩から、押し殺した笑い声が漏れてくる。
私が起きたときから、彼はずっとこんな感じだ。
「もうっ!あれだけ笑ったのに、まだ笑い足りないんですか!?」
「…クッククク。
だって、あの寝言はないだろう。
しかも、あんな大声で”妖精の勘違いです!”って、一体どんな夢を見てたんだ?」
売店のおばあさんから聞いた話を、夢の中で再現していた私は、自分の叫び声で目を覚ました。
”妖精の勘違いです!!”
叫び声とともに飛び起きると、目の前のソファーに座ってコーヒーを飲んでいた久木さんと目が合った。
ギョッと驚いた表情。
突然のことに、彼は相当驚いたらしく、手に持っていたカップの中身を少し零していた。
暫しの沈黙のあと、久木さんはまるで不審者に問いかけるように「…今のは寝言か?」と恐る恐る問いかけてきた。
自分が寝ぼけていたことに気がついた私は、恥ずかしさがこみ上げてきて、ガバリと布団の中に隠れた。
布団の外から、盛大な笑い声が聞こえてくる。
それからずっと、久木さんは笑いが止まらないらしい。
そんなに笑わなくってもいいじゃない!
エレベーターで一階に下り、ホテルの外にでると、眩しい日差しが私達を照らした。
今日もいい天気だ。
目の前の海がキラキラ輝いている。
冬の、ピンと張りつめた澄んだ空気。
清々しい朝
一日の始まり───
私達は、冬の青空に向かって歩き出した────。