{霧の中の恋人}



料金を支払い、ホテルの部屋をあとにした。


久木さんの震えた肩から、押し殺した笑い声が漏れてくる。

私が起きたときから、彼はずっとこんな感じだ。


「もうっ!あれだけ笑ったのに、まだ笑い足りないんですか!?」


「…クッククク。
だって、あの寝言はないだろう。
しかも、あんな大声で”妖精の勘違いです!”って、一体どんな夢を見てたんだ?」



売店のおばあさんから聞いた話を、夢の中で再現していた私は、自分の叫び声で目を覚ました。


”妖精の勘違いです!!”


叫び声とともに飛び起きると、目の前のソファーに座ってコーヒーを飲んでいた久木さんと目が合った。

ギョッと驚いた表情。


突然のことに、彼は相当驚いたらしく、手に持っていたカップの中身を少し零していた。


暫しの沈黙のあと、久木さんはまるで不審者に問いかけるように「…今のは寝言か?」と恐る恐る問いかけてきた。


自分が寝ぼけていたことに気がついた私は、恥ずかしさがこみ上げてきて、ガバリと布団の中に隠れた。


布団の外から、盛大な笑い声が聞こえてくる。


それからずっと、久木さんは笑いが止まらないらしい。



そんなに笑わなくってもいいじゃない!



エレベーターで一階に下り、ホテルの外にでると、眩しい日差しが私達を照らした。


今日もいい天気だ。


目の前の海がキラキラ輝いている。


冬の、ピンと張りつめた澄んだ空気。


清々しい朝

一日の始まり───


私達は、冬の青空に向かって歩き出した────。




< 246 / 265 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop