{霧の中の恋人}

「あ、久木さんおかえりなさい。
今日は遅かったんですね」


「ああ、色々と立て込んでてな」


「今日の夕飯は、寒かったから鍋にしてみました。
今、用意しますね」


「鍋か、いいな」


久木さんは目を細めて穏やかな笑みを浮かべた。


ふんわりと嬉しそうに笑う久木さんの顔を見て、私の心臓が鼓動を打ち始める。


あの一件以来、久木さんの表情が柔らかくなった。

相変わらず口は悪いけど、棘がなくなって丸くなったような気がする。


ご両親の記憶を取り戻して、何か心境の変化があったのだろう。


その変化は、彼にとって良かったことなんだろうけど、私にとっては心臓に悪い。


顔の整った人が、あんな笑顔で微笑めば、たいていの女の子はノックアウトしてしまうこと間違いなしだ。


私も、見慣れていないせいか、久木さんの笑顔を見る度に、ドキドキと心臓を跳ねあがらせていた。


あの顔は反則だよね…。



火照った顔を手で扇いで冷ますと、鍋の用意を始めた。



< 248 / 265 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop