{霧の中の恋人}
そもそも久木さんと暮らすようになったのは、お母さんの手紙がきっかけだった。
お母さんの手紙には、自分に何かあったとき久木さんと暮らすように書かれていた。
久木さんは、お母さんの恋人だった。
それも、自分の娘の世話を頼めるほど親密な関係だったに違いない。
娘の世話を恋人に任されて、面倒をみるようになったことを考えれば、”義務”という言葉も頷ける。
しかし、次に女性が言った言葉は納得のできないものだった。
「そう、義務なのよ。
仕方なくあなたを引き取ったの。
何かと便利だからね」
便利って、何が便利なの?
「…あ、あの便利ってどういう意味ですか?」
「私が言いたかったことは、シランがあなたに優しくしても勘違いしないでってことよ」
女性は私の質問には一切答えてくれず、「用件は以上よ」と会話をバッサリ切った。
「ちょ、ちょっと待ってください!
私の質問にも答えて下さい!
一体どういうことなんですか!?」
「家の前で、何を騒いているんだ」
背後から聞き慣れた声が聞こえた。
エレベーターから降りてきた久木さんがこちらに向かって歩いてくる。
私の後ろにいる女性の存在に気がづいた久木さんは、目を丸くさせた。
「京香…なぜ君がここにいるんだ…」