{霧の中の恋人}
──この手紙を届けてくれた久木さんの言うことを信じて、久木さんの言うと通りにしてください──
お母さんの手紙の一文を思い出す。
本当に、それがお母さんの望みなの?
それほど久木さんのことを信頼していたの?
お母さんは、お父さん一筋だと思っていた。
「あなたのお父さんはね…」
というのがお母さんの口癖だった。
生前のお父さんの話をよく聞かせてくれたお母さん。
お父さんの話をしているとき、目を輝かせて、恋をする少女のような顔をしていた。
それなのに、久木さんという恋人がいた…。
分からない。
分からないことばかりだ。
とりあえず、大学に行かなくては…。
今日はなるべく大ちゃんと顔を合わせないようにしよう。
重い体と、重い心を引きずりながら、私は支度を始めた─…。