{霧の中の恋人}
「交通事故だったんですって?
まだお若いのに…」
お線香をあげ終わった年配の女性が、涙交じりに言った。
「はい。飲酒運転のトラックが突然、歩道に突っ込んできたそうです。
そこに偶然、母が居合わせていたようで…」
「まあまあ…何て気の毒な……」
年配の女性は、目元にハンカチをあて、ボロボロと泣き出した。
私はどうしていいか分からず、ただそれを眺めていた。
葬儀が終わった今も、たくさんの人間が、母の仏壇にお線香を供えにやってくる。
そして、訪ねてくる人が皆、必ず仏壇の前で涙を流していく
今、目の前で泣く年配の女性は、母が勤めていた職場のお客さんだそうだ。
そんな繋がりの薄そうな関係の人が、お線香をあげる為に家までわざわざ訪ねてきてくれて、涙を流してくれる。
「あなたのお母さんはとても素敵な人だったのよ」って言ってもらっているようで、誇らしくもあり、それが逆に悲しくもあった。
──大勢の人に好かれていた母が何故、死ななければならなかったのだろうか…。