{霧の中の恋人}
「ごめんなさいね、泣いてしまって…」
ようやく涙が治まったらしい年配の女性は、涙を拭きながら言った。
「いえ。きっと母も喜んでいると思います。
ありがとうございます」
「…あの、失礼かもしれないけど、もしかしてお父さんも…?」
年配の女性の視線の先には、母の写真のとなりに並べられた父の写真があった。
「ええ。私が小さい時に…」
まだ物心つく前に、父は病気で他界した。
それから母は、女手ひとつで私を育ててきた。
しかし、片親ゆえの苦労など一切表には出さず、娘の私にもとても優しかった。
テストで100点をとったときや、徒競走で一等をとったときなどは全力で褒め、全力で喜ぶような母親だった。
だから私は、父親がいなくても寂しくなかったし、幸せだった。
「まあ!じゃあ、あなたこれからどうするの?
親戚のお家に?」
「いえ、親戚はおりませんし、もう大学生ですので1人で大丈夫です」
「親戚の方もいないなんて…。
もし、何かあったら頼ってきていいのよ。
あなたのお母さんには凄くお世話になったの」
「ありがとうございます」
残された娘の心配をし、援助を申し出てくれる人は他にも大勢いた。
──娘の私にまで気をかけてくれるなんて…。
本当に、みんなに愛されていたんだね。
お母さんは幸せ者だね。
笑顔で写る母の遺影に目を向けると、その笑顔がますます笑みを深くしたような気がした─…。
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