{霧の中の恋人}
昼間、ひっきりなしにお客さんが出入りしていたので、来客用の湯のみやらが溜まってしまった。
それらを片付け、遅めの夕食を簡単に済ませると、既に21時を回っていた。
一息ついたとき、玄関のチャイムが鳴った。
ドアの向こう側にいる人物は確認しなくても分かっている。
私は慌てて洗面所に向かい、鏡の前で髪や服装の乱れをチェックする。
そして、1つ深呼吸をしてから玄関のドアをあけた。
「よう!」
思っていた通りの人物が、爽やかな笑みと共に現れた。
「大ちゃん!
いらっしゃい」
「って、お前。
確認もせずにドア開けんなよ。
夜遅くに危ないだろ」
「だって、大ちゃんだって分かってたもの。
こんな時間に訪ねてくるのなんて大ちゃん以外いないじゃない」
「まあ、そうだけどよ」
大ちゃんは苦笑いを浮かべながら玄関に入ってきた。
大ちゃん…
高橋 大地
(タカハシ ダイチ)
私が住むマンションの近くに暮らしていて、幼い頃からよく遊んでいた。
いわゆる幼馴染というやつだ。
歳は2つ上だけど、面倒見の良い大ちゃんは片親の私を気にかけてくれ、よく遊んでくれた。
大ちゃんのお母さんと、うちのお母さんが元々仲が良かったから、家族ぐるみで交流があった。
お母さんが仕事で遅くなる時は、よく大ちゃんの家でご飯をご馳走になったりもしていた。
でも、”面倒見のいい近所のお兄ちゃん”から、”1人の男性”として意識しだしたのはいつの頃だったからか。
きっと大ちゃんは、今でも私を”手のかかる妹”
…ぐらいにしか思っていないんだろうけどね…。