{霧の中の恋人}
「ハァ…、お前に付き合っていたら何時まで経っても終わらない」
大きなため息を吐き出し、久木さんはマンションの階段を登っていく。
不知火さんはそれを見送ったあと、くるりと私のほうを振り返った。
「シランと一緒に暮らすんだって?」
興味津々と書かれた顔が私を覗き込む。
「ええ、まあ。
そういう事になったみたいです…」
「驚いたなー。
アイツが他人と暮らすなんてねぇ」
不知火さんは、ツンツン逆立った髪の毛を指で弄びながら感心するように言った。
「意外なことなんですか?」
「意外も意外!
あいつが人と暮らすなんて小学生以来じゃないかなぁ」
「小学生って…ご家族とは?」
「ああ、アイツ家族いないから。
産まれたときに親に捨てられて、小学生まで施設で暮らしていて、中学からずっと1人暮らし」
不知火さんは何でもないように軽い口調で話しているけど、ずっと今までお母さんに守られて暮らしてきた私にとって、それはとても衝撃的な話だった。
中学生の1人暮らしって、どんな生活を送ってきたのだろう。