{霧の中の恋人}
「ちょっと余計なこと話しすぎちゃったかな。
今聞いたこと、アイツには内緒ね」
不知火さんはペロリと舌を出した。
「はい。もちろんです」
「それにしても、あんな堅物と一緒に暮らすなんて君も大変だねぇ。
アイツ口悪いから、あんまりいい印象持ってないんじゃない?」
その通りです。
口が悪いところか、失礼だし、無愛想だし、何を考えているのか分かりません。
とは言えない。
「いえ…そんなことは…」
「親に捨てられたせいか、人に対して閉鎖的だしねー。
アイツの態度にいちいち腹を立てていたら、こっちがもたないから。
かるーく、受け流す。
これ、シランと付き合っていくコツね」
不知火さんは、久木さんとの付き合いが長いのかもしれない。
久木さんの過去を知っていたし、久木さんが自分のことを人にペラペラ話すタイプにも見えない。
もしかしたら不知火さんも…?
「おい、いつまでムダ話しているつもりだ。
さっさと上に上がってこい」
マンションの上から久木さんが顔を覗かせた。
「へいへい、わかーりました」
不知火さんが軽い返事をする。
かるーく受け流す…か…。
なるほど…。
「はいはい、分かりましたよー」
それに習って、私も返事をする。
「そうそう。その調子、うまいじゃん!」
不知火さんと顔を見合わせて笑った。
マンションの上で、怪訝そうな顔をした久木さんが首を傾げているのが見えた。
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