{霧の中の恋人}
「ここだ」
家から30分ほど走らせたところで、トラックが止まった。
深夜0時すぎ。
車の中でうつらうつらしていた私は、身を起こして窓の外を確認する。
「なにこれ…」
口をあんぐりと開けて、外の景色に呆然とした。
夜の闇に輝く、幾段にも重なる光。
目の前に聳え建つのは、高層マンションだ。
「降りるぞ」
久木さんは車から降りて、スタスタと中に入っていく。
「ま、待って下さい」
私も慌ててあとを追った。
マンションまで続く木のアーケードを抜けると、前面ガラス張りの入り口。
入り口に立っている守衛さんが「おかえりなさいませ」と声をかけてくる。
ピカピカと輝く大理石の床
アーチを描いた螺旋階段
いくつも置かれた皮のソファー
これがマンションのエントランスとは思えない。
まるで高級ホテルのロビーのようだ。
都会的で瀟洒な雰囲気に、気後れしてしまう。
これからここで暮らしていくなんて信じられない。
私と違って、緊張した素振りを微塵も見せない久木さんはスタスタと中へ進んでいく。
そして奥にあるカウンターまで行き、管理人さんらしき人と会話を交わし、書類に何かを記入し始めた。