{霧の中の恋人}
「ほら。夕飯持ってきてやったぞ。
喜べ。今日はお前の好きなビーフシチューだ」
「わぁ!おばさんのビーフシチュー大好き!ありがとう!」
母が亡くなってから、ほぼ毎日この時間になると大ちゃんが夕食を持ってきてくれる。
何をする訳でもなく、ただ他愛も無い話をして帰っていく。
きっと大ちゃんにも心配かけちゃってるんだろうなぁ。
夕食はもう済ませてしまった為、ビーフシチューは冷蔵庫にしまって、明日食べることにする。
「大ちゃん、私ね。来週からまた大学に通い始めようと思って」
「来週から?今テスト期間でもないし、もっとゆっくりすればいいだろ」
大ちゃんとは同じ大学に通っている。
たまたま…ではない。
C判定の出た大ちゃんの大学に入るため、猛勉強した成果だ。
「うん…、でも勉強遅れちゃうし」
「まだ1年なんだから、いくらでも取り返しがつくだろ。こんな時ぐらいゆっくりしてろよ」
「でも、このままズルズル休んでいてもしょうがないし、私なら大丈夫だよ!」
私は今出せる、精一杯の笑顔で応えた。
しかし、返ってきたのは、大ちゃんの切なそうな表情だった。