{霧の中の恋人}
「母さん、それは有り得ないと思うよ」
店の奥からダルそうに出てきたのは、涼子さんの息子さんの俊輔くんだ。
俊輔くんは頭をガシガシ掻いて、大きなアクビをした。
まだ寝起きらしい。
「あら俊輔。今起きたの?」
「うん。店、手伝うよ」
俊輔くんは、学校が終わった夕方や、お休みの日に店番のお手伝いをするお母さん想いの良い子だ。
「あら、ありがとう。
じゃあ、瑞希ちゃんと一緒にお店やっててくれる?
お母さん、今日ダンスの日なの」
涼子さんは、俊輔くんを育てる傍らに、お店を1人で切り盛りして、自分の趣味までしっかり楽しむパワフルな人だ。
旦那さんと離婚してもあっけらかんとしていて、人生を全力で楽しんでいる。
「いいよ。今日は僕、なにも用事がないから」
「瑞希ちゃんもいいかしら?」
「もちろんです!いってらっしゃい!」
「お昼は冷蔵庫の中に2人分用意してあるから食べてね」
「はいはい。いってらっしゃい」
俊輔くんはまた大きなアクビをして、エプロンを頭から被った。