{霧の中の恋人}
「…そんな顔で笑うなよ」
「…え?」
「本当は笑えるような状態じゃないんだろ?
俺の前で無理して笑う必要なんかない」
大ちゃんの真剣な表情にドキリとした。
…ダメ。
駄目だよ、大ちゃん。
そんな事言われたら泣きたくなるじゃない。
泣きたくない。
泣いちゃ駄目。
泣いたら大ちゃんは益々、心配するだろうし、お母さんだって安心して眠れないだろう。
それに、私はお母さんみたいになりたいの。
どんな時だって笑顔でいる、優しい強い女性に…。
「大ちゃん、ありがとう!
でも私なら本当に大丈夫だよ!
悲しくないって言ったら嘘になるけど、いつまでもメソメソしてられないもの!」
「……お前は、相変わらずだな…」
大ちゃんは、ポツリと呟くように言った。
眉間に皺を寄せて、苦しそうな表情を浮かべた大ちゃんの顔を見て、私は心臓がギューと締め付けられるように苦しくなった。
きっと私が無理して笑っているって気づいているんだね。
もっと強くならなくちゃ…。
大ちゃんに心配をかけないように、強く、強く─…。
お母さんみたいに……。
私は手のひらを
強く、握りしめた。
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