{霧の中の恋人}
私は、お手洗いに行くために、賑やかな席をそっと離れた。
ソースの匂いが、服と髪についちゃったかも…。
お店の奥に進み、女子トイレの文字を確認してから木のドアに手をかけた。
ドアをほんの少しだけ開けたところで、その手を止めた。
ドアの向こう側から、「瑞希」と自分の名前が聞こえたからだ。
隙間から見えたのは、洗面所の前でメイクを直している3人の女の子。
フットサークルのマネージャーの女の子だ…。
お店まで一緒に来たけど、テーブルが離れちゃったから話す機会がなかった。
「あの瑞希って女…」
やっぱり私のことを言ってるみたいだ。
「ほんとムカつくよね~」
「何様?って感じ。
皆もチヤホヤしちゃってバッカみたい!」
「皆にチヤホヤされちゃって、姫様気分になっちゃってるんじゃない?」
「勘違いも甚だしいよね」
「大地くんの幼馴染だか何だか知んないけどベタベタしすぎー」
「でもさ、ずいぶん仲が良かったけど、本当に付き合ってないのかな?」
「違うでしょー。
恋人っていうより、兄弟みたいな雰囲気だったじゃん?
大地くん、女として見てないよ。あれは」
「そうだよ!
だから頑張りなって!
大地くんに告るんでしょ?
あんな女より、なっちゃんの方が断然カワイイって!」
私は、そこでドアを閉めた。