{霧の中の恋人}
お手洗いからフラフラとした足取りで席に戻る。
あんな風に思われていたんだ…。
関わり合いのない人達とはいえ、自分の悪口を実際の耳で聞くのはけっこう堪える。
『どう見たって兄弟にしか見えないって』
『大地くん、女として見てないよ』
自分に対する中傷の言葉よりも、この言葉のほうがショックだった。
大ちゃんが私のことを妹のようにしか思ってないことは分かっていた。
でも、人の口から聞くと、改めて傷つく。
人の目から見ても、私は大ちゃんの恋愛対象として見えないんだ…。
それに、なっちゃんと呼ばれていたマネージャーの女の子…。
あの子、やっぱり大ちゃんのことが好きなんだ。
大ちゃんに告る…って言ってた。
大ちゃんは、その告白に何て応えるんだろう…。
店内の角を曲がり、大ちゃんがいる席に戻ろうとしたとき、また自分の名前が聞こえた。
私は、慌てて曲がり角の死角に隠れる。
「だからー、瑞希とは幼馴染だって言ってるだろー!」
大ちゃんのウンザリとした声が、店内に響く。
まだ皆にからかわれてるんだ…。