{霧の中の恋人}
酔っ払いのワルツ
世界が回っている。
クルクル、楽しそうに踊っているみたいだ。
人も、草木も、動物たちも、
そして、久木さんも…。
「久木しゃんが、回ってるぅ~。
可笑しいねぇ」
あの無表情、無愛想のあの人がクルクル回って、踊っている。
私は可笑しくなりクスクス笑った。
「回っているのは、君の目だ。
可笑しいのは、君の頭だ」
「へっ?」
何言ってるの?
久木さんは相変わらずクルクル回っているけど、いつもの固い無表情のままだ。
踊るときぐらい、楽しそうに笑えばいいのにー。
「久木しゃん、ダンスするときはもっと楽しそうにしなきゃダメりゃよー」
私は久木さんの手をとり、一緒にクルクル回った。
部屋の中が広いから、2人で回っても余裕だ。
遠心力で、回るスピードがどんどん速くなる。
コーヒーカップに乗ってるみたい。
「あははは、楽しいねぇ」
「おい、やめろ!
そんなに回ったら……」
「…うっ、気持ち悪い…」
「待て!そこで吐くな!」
最後に見たのは、久木さんの焦った顔だった。
あんなに取り乱した久木さんの顔を見るのは初めてだった。
もっと色んな表情をしたらいいのに…。
久木さんが笑ったら、どんな顔なんだろう…。
いつか、久木さんの笑った顔も見てみたいなー…。
久木さんの色んな表情を想像しながら、そこで、私は意識を手放した───……。