{霧の中の恋人}
次に目を開けると、視界いっぱいに天井が広がった。
除々に取り戻しつつある意識の中で、自宅のリビングのソファーの上で寝ていると理解した。
体を起こそうと思っても、うまく力が入らない。
それでも無理に体を起こし上げて、どうにかソファーに座ることができた。
頭の中がミキサーでかき混ぜられているみたいにグルグル回っている。
平行感覚がなく、自分が今まっすぐに座れているのかも分からない。
私、どうしたんだっけ…?
「目が覚めたか」
ふいに聞こえた声に、頭を向けると、また頭がグァングァン揺れた。
お風呂あがりらしい久木さんは、また上半身裸で、首からかけられたタオルで、頭を拭いている。
「久木さん…何か着てください…」
口がうまく回らず、今にも消えそうな弱々しい声で言った。
「君は…。
他に言うことはないのか?
一度風呂に入ったのに、もう一度シャワーを浴びる羽目になった俺に対して何か言うことがあるだろ」
「……何のことですか?」
「…もしや、何も覚えてないのか?」
久木さんはビックリしたように言った。
思い出そうとしても、頭が鉛のように重くて、うまく思考が働かない。
頭を抱えこむ私を見て、久木さんは深い溜息を吐きだした。
「覚えていないのなら、俺が説明してやろう」
偉そうに腕を組んで、私を見下ろす久木さんの目に、怒りが混じっているように見えた。