{霧の中の恋人}
「今度は泣き出すのか…」
久木さんは呆れたように首を振った。
そういえば、久木さんの前で泣くのは2回目だ。
自分の弱いところ、恥ずかしいところをいつも曝け出しちゃってる気がする。
それでも一度こぼした涙は、流れ続ける。
久木さんはおもむろに立ち上がり、キッチンに消えた。
どうしたら、大ちゃんに恋愛対象として見られるんだろう…。
いつまで経っても、妹としか見られない。
この片思いはいつまで続くの?
いつか大ちゃんにも恋人ができて、私は大ちゃんを諦めなきゃいけない時が来るのかもしれない。
その日を想像すると、ますます泣けてくる。
滲んだ視界に、ぼんやりとペットボトルが浮かんだ。
顔をあげると、久木さんがミネラルウォーターを差し出している。
「水分を補給したほうがいい。
アルコールを摂取すると、水分が奪われるという。
そのうえ涙を流して、きっと君の体は水分不足になっているに違いない」
久木さんがあまりに真剣な表情で言うので、私は可笑しくなった。
女の子が泣いているのに、少しも取り乱さないで、水分不足だなんて…。
私は堪らず笑い出した。
「なぜ笑う?
君は、踊りだしたり、寝たり、泣いたり、笑ったり…
本当に忙しい奴だ…。
一体、君は何がしたいんだ?」
久木さんの言葉に、私はますます可笑しくなる。
本当に、私は何がしたいんだろうね。
クスクス笑う私を見て、久木さんは「本当に可笑しな奴だ」と言って、溜息をついた。
でも、その溜息のあと、久木さんが少し…。
ほんの少しだけ、笑ったような気がした。
酔っ払った私を介抱してくれて、泣いた私にお水を差し出してくれた。
人とは少し違う形かもしれないけど、久木さんの不器用な優しさを見たような気がした───…。
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