恋人は専属執事様Ⅱ
一番奥の馬房の前で止まる。
馬房には真っ白なサラブレッドが1頭繋がれている。
「セラフ」
宝井さんにそう呼ばれ、セラフは首を伸ばして宝井さんの袖を食み始める。
「セラフ、甘えるな…涎でグチャグチャになるだろ」
文句タラタラのクセに宝井さんの声は優しい。
「今出してやるから」
そう言って、宝井さんはセラフの口元に着いている金具に手綱を着ける。
「危ないから淑乃はあそこ」
と宝井さんが指差した方を見ると、馬房の外に広い練習場があった。
歩く私の背後から
「砂に足を取られるなよ」
と宝井さんの声がする。
…意外と世話好き?
宝井さんに言われた通り砂地はヒールでは歩きにくく、私は慎重に歩いた。
柵から少し離れた場所で待っていると、馬具を着けたセラフを引いて宝井さんが来た。
柵を開けて練習場の中に入った宝井さんは
「柵に近付くな」
と言い、踏み台を使わず器用にセラフに跨る。
セラフを歩かせる宝井さんは、姿勢が良くて…無駄に格好良い。
いつも綺麗だと思うけど、今日の宝井さんは格好良い……
きっと乗馬服姿で馬に乗っているからそう見えるのよね?うん。王子だし。
白馬に乗った王子…ベタすぎる……
私がバカなことを考えていると、突然セラフが暴れて竿立ちになった。
「っ!」
宝井さんが振り落とされると思って心臓が止まりそうになる。
一瞬の出来事がスローモーションのようにゆっくりと見える。
宝井さんは手綱を短く持ち、上体を起こしてバランスを取り、セラフを宥めて無事だった。
安心して私はその場に座り込む。
セラフを柵に繋ぎ、宝井さんが私に駆け寄る。
「こんなところに座るな、ドレスが汚れるだろ…って……おい、淑乃?」
宝井さんが私の前にしゃがみ込み、私の顔を上げさせる。
「…何で泣くの?」
怒った声で宝井さんに訊かれても私は声が出ないで、代わりに涙が止まらなかった。
「セラフは気性が荒くてあれくらいはいつものことだから慣れてる」
それでも泣き止まない私に、宝井さんは
「……驚かせて悪かった。もう泣くな…この俺が謝ったんだぞ」
そう言った宝井さんの胸に顔を埋め、私は泣きながら
「宝井さんが…宝井さんが……」
と言うのが精一杯だったけど、宝井さんは
「…ありがとう……」
と私の背中を優しく撫でた。
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