しあわせ音色
『どうして何も言わないの?』
視線、視線、視線。
耳について離れないのは、誰かの笑い声。
それはいくどなく繰り返される、フラッシュバック。
考えちゃいけない、わかってるのに――
「依都姫?」
「えっ」
「着いたよ。降りよう」
停留所だ。
「あ……そ、そうだね」
二人はありがとう、と言って運賃を払った。運転手は何も言わず、ただ軽く頭を下げた。
依都姫はステップの最後の段で後ろを振り返った。誰も席を立ってはいなかった。
降りたそこには雨風にさらされたベンチと妙に元気な雑草たちが迎えてくれるだけの実に殺風景な場所だった。
ベンチは半分以上が雑草に覆われ、ここが人が訪れない場所であることを物語っていた。
「紗江、行こう」
目的の場所は、ここから少し進んだところにある。
砂利道を踏んで、二人は歩き始めた。