B L A S T
「楓」
どきり、とした。
車の方から足音がゆっくりと近づいてくる。
そしてその足音は楓の目の前に止まった。
「どうした?」
顔を上げると、イツキが心配そうに眉を寄せていた。
「楓さん帰るって言って聞かないんだ。具合は悪くないみたいなんだけど…」
黙ったままの楓に代わってジュンが答える。
そうか、とイツキは呟くと黒々とした瞳を向けた。
「嫌なことでもあったのか」
楓はうつむいた。
嫌なことがあったといえばあったけど、それはイツキに言えることじゃない。
「メンバーに何か言われたか」
首を振る。
するとイツキの手がゆっくりと伸びてきた。
ほのかに香る甘い匂いに鼓動が高鳴る。
「熱はないみたいだな」
そう言って彼は楓の額から手を離した。
額に残る、ぬくもり。
「大丈夫か」
彼の優しさが、今は辛い。
あたしのことをなんとも思っていないのなら、これ以上優しくしないでほしい。
触れないでほしい。
そう思うあたしは贅沢なのだろうか。
「…イツキさん」
楓はじっと彼を見つめた。
吸い込まれそうな漆黒の瞳は鮮明にあたしを映し出している。
ねえ、イツキさん。
「イツキさんにとって、あたしは……」
――どういう存在なんですか?
そう聞きたかったけれど言えなかった。
鼻先をかすめる甘い香りが離れてしまわないか不安で、今は彼の気持ちを確かめる勇気はなかった。
楓はぎゅっと唇を噛みしめる。
長い沈黙が漂う。
しばらくして、彼は
「分かった」
とため息交じりに呟いた。
「家まで送るから車に乗れ」