B L A S T

楓はうつむき加減に呟く。


「ガヤに怒られちゃうかも」

「どうして?」

「…ほんとはガヤにもうここに来るなって言われたんです」


一瞬の、間。


「彬がそんな事言ったのか」

「はい…」

「そうか」


イツキは何かを考えている様子だった。

煙草を口に加え、甘い香りが漂う。

気が付けば夏はもうそこまで近づいてきて、ミンミンと蝉の鳴き声が聞こえた。


「あの、ガヤがしばらく総長の代わりになるって話を聞いたんですけど…」


そこまで言うとイツキはああ、と答えた。


「ちょっと事情があってな。俺から彬に代理を頼んだんだ」

「そうなんですか…」


そこで楓は押し黙ってしまう。

イツキは自分の領域に他人が土足で入ることを好まない。

それは今まで彼を見てきて分かったことで、そのことを知っている楓はこれ以上深く聞くことはできなかった。

ただ唯一気がかりだったことはイツキがこのままBLASTを辞めてしまわないかということだった。

ガヤが代理を務めると言ったこともその前兆のような気がしてならないのだ。

もし今イツキが辞めてしまったら、あたしはもう彼と会うことができなくなる。

それだけは嫌だった。

ここしか彼と会う接点はないのだから。


「イツキさん」


黒々とした瞳と目が合う。


「BLAST辞めたりしないですよね?」


蝉の鳴き声。

彼は黙って煙草を吹かすだけでその仕草がもどかしく感じる。

やがて彼の口がゆっくりと開いた。


「楓」


その時だ。


「イツキ。そろそろ行かないと…」


背後で声がして振り返ると、猫のように大きな瞳をした赤毛の女の子が目に入った。

由希だ。
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