B L A S T
こんな時、月が出ていたらいいのに。
いつの間にか灰色の雲に覆われていて、しるべのない暗闇はまるで一人ぼっちになったような気分になる。
「――楓さん?」
302号室の扉を開けると、ベットで寝ていたジュンが目を丸くして起き上がった。
「どうしたの?面会時間とっくに過ぎてるのに」
楓は黙ってベットのそばにあった丸椅子に腰掛ける。
「…何かあった?」
首を振る。
「そういえば母親がリンゴ買ってきてくれたんだけど食べる?おいしいよ」
また、首を振る。
「そっか…」
しばらくの間。
やがてジュンは楓の顔を覗き込むと、静かに言った。
「好きなだけここにいていいから」
その優しい言葉に、思わず目頭が熱くなる。
「泣きたかったら泣いていいから」
ジュンの顔が涙で滲んで見えなくなっていく。
手の甲に冷たい雫がしたたり落ちた。
「ねえ、楓さん」
ジュンは言った。
「一兄のことが好き?」
楓は答えなかった。
答える代わりに何度も何度も頷いていた。
――気が付けば。
あたしはこんなにもイツキのことを好きになっていた。
好きになり過ぎていた。
好きになり過ぎて、あたしは自分のこともイツキのことも見失いかけていた。
ねえ、イツキ。
あなたはずるい。
どんなに近づこうとしても、あなたはあたしから逃げようとする。
ずるいよ…
―――――
―――――――