蒼翼記
「ねぇ、リン?」
「何?ライア」


月明かりだけが窓辺から差し込む部屋の中で、隅のベッドの中から小さく聞こえてくるライアの声に、同じように小さな声で返す。


「私ね?よく怖い夢を見るの」
「怖い夢?」

うん、とさらに小さく肯定の声がして、続ける。


「目を覚ました時にはもう忘れてしまうんだけど、涙と震えが止まらなくて、恐い思いだけがこびりついていて、胸が苦しい程に痛くなるの」


静かなこの石造りの寝室でただただ淡々と、響く声に、リンは黙って耳を傾ける。
不意に、誰に言うでもないような口調が、今リンに気が付いたように首を向けた。

「リンには大切な人はいる?」

「え…?」


月光の向こうにライアの視線を感じ、部屋の端に視線を泳がせ、考え込む。
まず、他人に何かしらの感情を起こす事を、文字を覚える前から厳しく規制されてきたリンにとって、個人の人間に執着することは無条件にはばかられた。

だが、それでも惹かれた人は、いた。
とても、失いたくなかった人。


『リン』は、いや、彼女は、とじた瞼の裏であの時のように微笑って、消える。

そして、入れ代わるように浮かぶ黒い羽―…


「…城にいた時に会った、たった二人の友達。それから、この森と、皆」



優しい優しい白い歌唄い。

真っ直ぐな眼をした黒い羽付き。

博識な翁梟。

不器用な王。

美しくも強い、この森。


笑いかけて、手を取ってくれた、仲間。


屈託なく愛を振り撒く、純粋な、愛しい少女。
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