蒼翼記




以前のリンは、トリもよく知らないがやはり恐れを感じる存在ではあったらしい。



ごく稀に表に出てくる『粛正』などはチェオも知っている噂通り。


暴走した異人類種の手足の一本や二本は躊躇いなくもぎ取るような同族である自分達にとっても『最恐の存在』だった。




そしてある時、伝令係の前任者が何故か急にその任から逃げ出した。



トリが知るリン・リカルドは正確にはその任に入れ代わりでついてからだった。
任についたその日、リンはスケジュール通りに牢に戻って来た。
何も見えていないかのように何か小さな声で口ずさみながら、不思議な事に泣き腫らした後のような眼で虚空を眺めていた姿が今も忘れられない。


空っぽの人形のようではあったが、血生臭い報告を聞くと露骨に嫌そうな顔をしていた。

そうしてすぐにリンは名を登録し、外の任務ばかりを請けるようになった。







そしてあの日の朝、
ガイカスはその任について初めてリンに話し掛けられた。





『そう恐がんないでくれ。とって喰やしない』





自嘲とも、苦笑ともとれるようなその笑みを見て、ガイカスはその時初めてリンが同じ地に足をつける人間に見えた。
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