粉雪2-sleeping beauty-
俺の首に回された腕は細くて、少しだけ震えていた。


顔に掛かる髪の毛からは、微かにスカルプチャーの香りが放たれている。


背中から、俺とは違う心臓の音が聞こえてきて。


そして、服越しにも千里の体温が伝わってきて、自然と冷静になれた。


振り上げていた拳を降ろし、左手で握り締めていた谷口の胸ぐらを、少しだけ緩めた。




『…後を着ければ、怖くなって僕に電話してきてくれると思ってた…。
無言電話を掛ければ、僕に相談してきてくれると思ってた…。』


ポツリポツリと、谷口は話し始めた。



「…てめぇ、死にてぇのか?」


俺の咥えていた煙草から、灰が落ちる。



この男の身勝手な行動で、また一つ、千里の傷は大きくなっていくんだ。


こんな男の所為で、壊されたくない。




『…何で…僕じゃないんだ…?』



…なぁ、谷口よぉ…。


この女は、俺でもお前でもダメなんだよ…。



出掛かった言葉を飲み込み、振り払うように声を上げた。



「…ルミ、警察だ。」


『あっ、ハイ…!』


呆然としていたルミは、現実に引き戻されるようにハッとして携帯を取り出した。


ゆっくりと、俺の首に回された腕の力が抜けていく。



『…谷口さん…。
もーちょっとで、マツが人殺しになっちゃうところだったじゃん…。』


俺の咥えていた煙草を取り上げ、千里は代わりに灰皿に押し当ててくれた。


その横顔は、どこか悲しげだった。



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