粉雪2-sleeping beauty-
『…マツさんより、“良い男”だったの…?』


「…俺に聞くなよ…。」


煙を、ため息と共に吐き出した。


少し目を細めながら、言葉を続ける。


「…性格悪いし女癖悪いし、暴力的で歪んでて…。
それが俺らの前の“小林隼人”だったんだ…。
だけど多分、千里の前では全然違ったんだと思う…。」



多分俺は、完全に侵食されているんだと思う。


この場所にいると、負けてる気しかしなくて…。


だから俺はずっと、この部屋が嫌いだった。


千里の腕についたフランクミューラーカサブランカだけが、

針を進め、生きて時間が流れていることだけを教えている。


写真の横に置かれている同じ時計は、主が居なくなり、進めていた時を止めたままだ。


千里のこともこの時計のことも、

“似合ってねぇ”って言えない自分が嫌で、振り払うように目線を外した。


開かれたカーテンの外はただの暗闇で、真夜中に海は見えなかった。


深々と降る雪を眺め、千里は何故死のうとしたんだろうか。


俺の為であり、自分自身の為だろう。




『…マツさんは、これからどうするの…?』


戸惑いがちに、ルミは俺を見上げた。



「…もぉ、こんなこと終わりにする…。
それだけしか言えねぇから…。」


『…どーゆー意味…?』


不安そうに見上げるルミに笑いかけ、それ以上は何も言わなかった。


最後の煙を吐き出し、セブンスターの残った灰皿に自分の煙草を押し当てた。



「…馬鹿みたいな顔して笑いやがって…。」


写真の中の男を睨み、伏せるように置き直した。



「…てめぇが死ぬから、こんなややこしいことになってんじゃねぇか…!」


唇を噛み締め、拳を握り締めて声を上げた俺に、ルミは何も言わなかった。



< 296 / 372 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop