粉雪2-sleeping beauty-
廊下を歩いていると、不意に俺のスーツの裾を掴む手に気付いた。


引っ張られるようにして、立ち止まる千里と同じように俺も立ち止まる。


見ると、そこはナースステーションの前だった。




「…挨拶、しねぇの?」


『…したいけど…。』


そう言って言葉を濁す千里は、目を伏せた。


きっと、千里は隼人さんが死んだ時のことを思い出しているんだろう。



“あたしが義理堅いから、隼人は死んだんだよ”


嵐が教えてくれた、千里の言葉。


だけど俺は、死なないから。



「…して来いよ。
世話になったんだろ?」


『…うん。』


声にならない声で頷いた千里は、パタパタと小走りに足を進めた。


足音に気付いて出てきたのは、たくさんの看護師だった。


笑顔を向けられた千里は、力ない顔で困ったように笑っていた。



“もぉ絶対、あんことしちゃダメよ?”


最後に聞こえてきた声は、あのふくよかな看護師の言葉だった。


何も言わず笑顔だけを残す千里を見て、俺も足を進めた。



「…世話になりました。
行くぞ…。」


少しだけ会釈をし、千里に声を掛けた。


悲しそうに頷いた千里は、看護師達に背を向ける。


それを確認し、再び足を進める。


重なる二人分の足音は、人々の活気に満ちた声に消されてしまいそうだった。



『…ありがとね、マツ…。』


ポツリと言った千里の声に、だけど俺は何も言えなかった。


真っ白く続く廊下はまるで、ヴァージンロードのようだと思った。

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