粉雪2-sleeping beauty-
「…飯作れよ。」


『…え?でも、まだ観てる途中―――』


「良いよ、そんなの。」


次第に、千里の顔が強張っていく。


だけど俺は、言葉を続けた。


「…時間…ねぇから。
飯食ったら、出掛けよう。」


『…どこに…?』


不安そうに、千里は聞いてきた。



「行けばわかるって。
つーか、卵は半熟でフワフワしたヤツじゃねぇと食わねぇからな。」


『…我が儘だね。』


諦め半分でため息をつき、千里は立ち上がった。


その姿を見送りながら、手元の煙草に視線を落とした。


俺から吐き出された煙は、筋状に伸びる。


迷いを断ち切るように吐き出しながら、カーテンの外に目線を移した。


空は徐々に宵闇に包まれ始め、だけどまだ、雪は舞っていなかった。


刻む時計の音は、タイムリミットまでのカウントダウンのようで。


そんなことを考え出すと、胸が苦しくなる。



振り払うように立ち上がり、再び対面式のキッチンを覗き込んだ。


そして、玉ねぎを切る千里の姿を、ただ黙って見つめ続けた。


一定のリズムで刻まれていく玉ねぎと、俺達の時間。


気付けばいつも、千里はそこに居たのに…。


こんな光景を、何故手放さなければならないのだろう。


ずっとこんな姿を、見ようともしなかった。


もっとちゃんと、千里の姿を目に焼き付けておけば良かったのに…。


そんなことばかり、後悔してさ…。



“馬鹿だね、マツは”


そんな風に言う千里を思い出すんだ。



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