粉雪2-sleeping beauty-
呆然と立ち尽くしている俺を残し、風呂場のドアがバタンと閉まった。


無意識に見た時計は、夜の9時を指し示していた。


タイムリミットまで、残り3時間―――…




漏れ聞こえてくるシャワーの音を振り払うように、

ソファーに腰を下ろして煙草を咥えた。


真っ白な天井に、俺から吐き出された煙が漂う。


心臓が音を立て、支配する不安に喜べるはずもなかった。


あれほど望んでいたことなのに。


俺は、千里を抱くことが出来るんだろうか。


抱いてしまったら、あの人のところに連れて行くことが出来るんだろうか。


昔一度だけ、写真を見た。


隼人さんに愛されてる、アイツの姿。


直視なんて出来なかった。


あの残像を、振り払うことが出来るんだろうか。







――ガチャ…

「―――ッ!」


どれくらいの間、意識を漂わせていただろう。


気付いたら、風呂場のドアがゆっくりと開いた。



『…気持ち良かったよ?
マツもシャワー浴びれば?』


「…あぁ。」


髪の毛を拭きながら、千里はパジャマ姿で現れた。


化粧を落としたくせに、意識しすぎだからなのか心臓が音を立てる。


出来たのか出来てないのかの生返事を残し、入れ違うように風呂場に足を進めた。


千里の顔を見ることなんて、出来るわけがなかった。



『…ありがとね、マツ…。
パジャマ、捨てられてるのかと思った。』


「―――ッ!」


千里は俺の後ろ姿に向かい、声を掛けた。


ゆっくりと振り返り、少しだけ口元を緩ませる。



「…捨てられるわけねぇよ…。
この部屋は、ずっと前から何も変わってねぇから…。」


それだけ言い、風呂場のドアを閉めた。


< 360 / 372 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop