駆け抜けた少女【完】
この時代の女子は加護するのが一般常識だろう。
矢央も、その類に当てはまる。
「恐怖に腰抜かしてたんじゃねぇのか?」
矢央はかなり小柄で華奢な体躯をしているので、その素早い動きとやらは偶然の出来事だと思うのが普通だ。
「絶対違うから! 間違いないね!!」
この眼で見たんだからと、眼力を込めた藤堂。
藤堂の剣の腕は相当のもの、だからこそ相手の力を見抜く眼だってあると言いたげである。
だが二人は自分が見たわけでもないし……と、言葉を濁らせたままだ。
このままでは拉致があかないと思っていた時、丁度良いことに本人がその場にやって来た。
―――ボスッ
「グフッ!」
「ん?」
山南は自分の背中に何かが当たり振り返った。
すると、鼻を押さえた矢央がしかめ面で立ち往生している。
「おやおや、これは通りを塞いでしまっていたようだ。
矢央君、すまないね、大丈夫かい?」
「……えっとぉ……」
赤くなる鼻をさすりながら山南を見上げ、にこにこと微笑む男の名前を思い出す。
「……あっ、山南さん?」
忘れてたな。
永倉と藤堂の気持ちが被る。
「ところで、機嫌よろしくなさそうだが、どうかしたのかな?」
「……うっ。 土方さんに…追い出されました」
「土方君に? それはそれは……」
仕事の邪魔ばかりする矢央は、土方に怒鳴られ部屋を追い出されたところだった。
屯所内を探索でもするかと歩き出し、廊下の角を曲がって直ぐに山南がいたのでぶつかってしまったのだ。
今日はやたら副長に縁ががない日である。
人の気配すらわからないドジな女だ。
やはり、藤堂の勘違いだろうと永倉は苦笑い。